2011/01/24

長い道のりを経て

貸したカメラが無くなって2年が経つ。

とても気に入っていたけれど、
無くなったものは仕方ないし、
近くの公民館で無くなったので、
いいよ、すぐ出て来るよと楽観視してはや2年。

カメラの画像を見れば私のだってわかるから、
大丈夫大丈夫。
そう言い続けて2年経ったのだ。

いつものお人好し。
気に入ってかなり大事にしていたカメラだけれど、
不思議と執着心はなく、
無くなった事を悔やんでも、
見つかる訳じゃないからと、
心の片隅に追いやっていた。

1年程立った頃は同じものをamazonで買おうかと迷い、
思い切ってもう少し良いのを買おうか、
それともiPhoneでがまんするかと、
カメラ1つでくるくると悩み、

amazonからは「あなたへのおすすめ品」として、
デジカメの情報がちょこちょこ来るようになり、
iPhoneのカメラアプリも少しずつ増えて行った。
楽しい悩みだった。

結局「無くても生きて行けるもの」に大金を出す勇気もなく、
私が手に入れるべきものならば、
時が来れば自然と手に入ると開き直り、
無くしたカメラ用の充電器とUSBケーブルは、
ゴミ箱にぽいっと捨てた。
気持ちを切り替えるように。
もう当分カメラはいらないと。

そのカメラが、
長い道のりを経て、
何故だか今日私のもとに突然
帰って来てくれた。






補足:(”カメラ”目線で)
   公民館でのイベントに連れて行かれる
    ↓
   何かの拍子にスルッと落とされる
    ↓
   イベントでの出し物用の衣装が入った段ボールに入る
    ↓
   段ボールの中の衣装の海の底に沈む
    ↓
   誰にも発見されずその日のイベントが終了して  
   衣装の担当者に公民館の物置に運ばれる
    ↓
   物置に置かれて電気も真っ暗になり静けさがあたりを包む
    ↓
   闇と静けさ
    ↓
   数ヶ月に一度物置のドアが開くがこの段ボールの衣装は使用されず
    ↓
   ある日物置のドアが開き担当者がこの段ボールを動かす
    ↓
   段ボールが開けられ衣装が次々と取り出され....
            ↓
   眩しいぐらいに明るくなったところで......
    ↓
   「あれ?こんなところにカメラが入ってる」と聞こえ
    ↓
   久しぶりに人の温かい手に乗せられ
    ↓
   「これ誰のだ?」などと言われ前後じろじろと見られた後.....
    ↓
   電源をONにされた。ふう、久しぶりのこの感覚、目が覚めるようだ。
    ↓
   「写真見たら誰のかわかる」といろんなボタンを押される。
    ↓
   「あ、この人って○○の所の人じゃない?持って行ってみる。」
    ↓
   そして私はやっとLushSplushに会えた。
    ↓
   LushSplushはかなり喜んで、私を隅々までキレイに拭き
    ↓
   中の画像を一通り見て「懐かしい!キレイに撮れてる!」などと言い
    ↓
   すぐにカシャカシャと撮影。
    ↓
   ほっとした、気持ちがよかった。ただいま!
   

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