2011/01/31

即座に記憶に刻み込むべきもの



しばらく前の話です。
少し遠い親戚の伯父さまが亡くなった時のこと。


お通夜のお手伝いに駆けつけて、
精一杯動き回った。


来る人来る人に丁寧に頭を下げながら、
お茶とお菓子をお出しして、
帰られた方のお湯のみを速やかに下げて、
たまったお湯のみを洗い、
お茶の葉やお菓子を補充する。


単純な作業のようでいて、
目配りをおこたれなく、また
不慣れな状況でかなり気を張っていたので、
ありがたい事に、
悲しみを再確認する暇もなく、
その日は泣いたりせずに役目を終える事が出来た。


身内は、もしお通夜やお葬式が無ければ、
悲しみのあまり起き上がれずに、
部屋にひきこもって泣き暮らすところだが、
幸いこの忙しい式典のお陰で、
かなり気持ちを紛らわす事が出来るようだ。


翌日はお葬式。
水墨画が何枚も飾られたロビーで受付等を手伝った後、
葬儀が始まったので参列。


寡黙でおだやかで優しかった伯父様の事を考えているうちに、
やっぱり涙が出てきて、
立派に耐えて喪主の席に背筋をのばして座っている伯母さまを見て、
どんなにか辛いだろうにと涙が出る。


出棺の前に、
最後に伯父様に会う為、親しい人達とお棺を囲んでいるとき、
伯父様が師事していて伯父様よりご高齢の絵の先生が、
突然激しくおえつして
「お前にはまだ免状をやってないのだ!」と悔しそうで、
立っているのもつらそうでした。


誰かが亡くなって思う事。
私は愛し合った人よりも長生きしてあげよう。
残される人はつらいから。


ロビーでしばらく過ごす時間があり、
壁の数々のすばらしい水墨画や書を見ていたら、
作品に押してある落款がふと気になった。


伯父様の名前と同じ
「宗」の字が見える。
突然わかった。
この素晴らしい作品はみな、
伯父様が書いたもの。


達筆なのは前から知っているので、
書はわかる。
でもこのあたたかい水墨画は、
いつのまに?


寡黙だった伯父様は、
ひとことも何かを自慢したりしなかったし、
自分の事を話さなかった。
絵を習っていた事も、
先の先生をお見かけして、
初めて知ったのだ。


水墨画は、
上品で立派で激しい虎の絵
伯父様の好きなSLが山間を走る様子
旅の僧と子供と雀の絵
ある村の細かい描写の景色
さびれた山小屋と滝のある風景


そして私が一目で大好きになったのは、
お軸に縦長に描かれたあたたかい画。
深い山々の間にある深い谷に、
細い吊り橋が架かっていて、
橋を、笠を目深にかぶり、
うつむき加減に黙々と渡っている旅人。


その旅人のやさしげなたたずまいや、ストイックな感じ、
家で待っている家族の為に黙々と、
文句も言わず歩くそのイメージが、
まるで伯父様そのものだな、と感動したのは、
葬儀で感傷的になっていたからではない。


私は、珍しくのどから手が出る程そのお軸が欲しくなったが、
もちろん伯母さまの大切な、身体の一部のようなものであろうし、
くださいなどと言えるはずも無いことぐらい心得ているので、
即座にその水墨画を記憶に刻み込んだ。


伯父様、ありがと。
素晴らしいものを頂きました。
たまに記憶の倉庫から出したりして、
一生大切にします。

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