2011/01/22

父の過ち

ロンドンの町、曇りのビッグベンを見上げる古い橋を
毎朝渡って通勤するテスは、
ある日の朝も、
足早に、ろくに何も見もせず、
何も考えずにオフィスに向かっていた。


すれ違う人には目もくれず、
コートを胸元で合わせることであらゆるものを拒否出来ると言わんばかり。
頬に寒さは感じるものの、
これと言った考えなしに歩くのは毎度の事で、
なんの感動もない。
それは正に、テスの人生そのものだった。


幼い頃から母と2人で暮らして来た。
父はある日突然家を出て行ったきり、
一度も会った事はない。


おぼろげな記憶はある。
夢なのかも知れないが、
テスを暖かいようなまなざしで見守っている印象がある。
顔は思い出せない。


母は当時長い間、
精神的に不安定になり、
テスと楽しく会話している最中にも、
突然目から涙がこぼれ落ち、
母はしばらくの間それに気付かず、
テスは戸惑ったものだった。


その頃からテスは、
比較的何も考えないように、感じないようにして、
人生を送って来たのだ。


なので、
今橋の上でテスが無表情に目を向け、
すれ違った初老のホームレスがテスの父親だと言う事には、
気付かなかった。

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