2011/01/18

フランチェスカが微笑んだ訳

ふと、なじみのバーにいた。


幾度となく通った店。


外は雨。


仕事帰りの男女が疲れをいやしつつ、


仕事の話で熱くなり、


画面に映し出されるスポーツ選手に向かって無理な指示をとばし、


同僚の不倫について噂しあい、


店内はいつものように活気にざわついていた。


スツールの高い


カウンターの隅に一人掛けるフランチェスカは


突然目が覚めたような感覚にハッとして、


同時に、


抑えられない胸の動悸のような、


泣きたくなるような甘い気持ちに揺り動かされて


窓の外を見る。


”来た”


フランチェスカの視線の先に


彼女がこの世で求めるただ1つのもの。


”ごめん、待たせちゃったね?”


真っ白な歯をわずかに見せる誠実な笑顔で、


フランチェスカだけをまっすぐ見つめながら


近づいて来る。


フランチェスカのそばまで来た彼は、


そっと素早くキスをした。


小さな風がおこり、


彼のコロンの清潔な香りと、


フランチェスカの中に突然巻き起こった


甘い嵐に溺れそうになりながら、


どうしようもなく、彼を愛している事を思い知る。


痛みを伴うような息苦しい程のよろこびに、


不意に涙がこぼれおちる。


彼は澄んだ瞳を少し曇らせて、


”どうしたの?”


と、戸惑う。


少年のような彼の甘い表情に、


フランチェスカは思わず微笑んだ。






病院のベッドで


意識の無くなったフランチェスカを


見守っていた家族は、


最後に


フランチェスカが微笑んだのを見た。








補足:「人が死ぬ時に見るもの」に興味のある私が、
    それについて初めて書いたおはなしです。

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