2011/02/06

髪と風の初夏



テスト前になると部活もなく、
まだ明るいうちに学校から帰れる。


なつみは髪を風になびかせて、
少々弾むように学校を出る。
天気の良い、初夏の午後。


学校を出て少し歩いた所に、
みどりの眩しい公園があり、
なつみはすぐにベンチの方を見る。


そこには座って本を読んでいる彼。
真っ白なワイシャツが眩しく輝いて、
なつみは思わず目を細める。
ーとうじくん、かっこいい!ー


なつみが駆け寄ると、
とうじは顔もあげずに右手を軽く上げて、
「よっ」と挨拶してくる。
目は小説を追い続ける。


なつみがとうじの横に座っても、
とうじは本を読み続けるので、
なつみはとうじの横顔を見たり、
スカートのしわをなおしたり、
公園を駆け回る子供を目で追ったり。
しびれをきらして、
もう一度今度はのぞきこむように、
とうじの顔を見る。


「なに読んでるの〜?」
とうじは眉ひとつ動かさないで、読み続ける。
「なんでもねーよ。」と本を閉じて、
突然なつみに向き合い、なつみの顔をまっすぐに見る。


なつみは急に見つめられて、
聞こえそうな心臓の鼓動に、
思わずあわてて胸をおさえた。
初夏の風が、髪をもてあそぶ。






とうじは待ち合わせよりも少し早く公園についている。
彼女の姿を目で探している。
ー早く会いたい。ー
走り回る子供達を見るともなしに見ていると、
自分が手持ち無沙汰で、
ばかみたいに待っているような気がして来る。
ーなんかかっこわりい。ーと感じて、
あわてて持っていた文庫本を取り出す。


何度も読んだ本。
今はなつみのことばかり考えて、
本に興味はない。
とりあえず本に没頭するふり。


目の端になつみが駆けて来るのが見えた。
ー来た!どうするよ?俺!ー
なつみには何の興味もないふりで、
軽く手を挙げて挨拶してみた。
とうじの側まで来たなつみは、
隣にふわっと腰掛けた。
かすかに花の香り。


とうじはなつみの存在に、
心臓が飛び出しそうになるので、
本に目を落としたまま、
胸の鼓動をやりすごす。
なつみに突然「なに読んでるの〜?」と聞かれ、
思わずそっけなく「なんでもねーよ。」
と、答えてしまう。
事実、なにも読んではいないのだ。


ーこのままじゃ気まずい。しっかりしろ!とうじ。ー
とうじは思い切って、
なつみに向き合う。


なつみを見ると、
きれいな髪を風になびかせて、
初夏の太陽に輝いている。


とうじは思わず言葉を失い、
なつみを見つめることしか出来ない。






とうじさん、
わたしいまわかった。
あのときそっけなかったの、
そんなきもちだったのね?
うれしいな。




病床でなつみの手を握るとうじの前で、
意識を失ったなつみが死ぬ前に見たのは、
この世でいちばん美しい思い出でした。


 

2 件のコメント:

  1. 病床でっていうのはフランチェスカと同じだったけど、こっちのほうがゾッとした!頭までゾッとした!
    とうじ目線の話でこう思ってたんだっていう安心、
    なつみが死ぬ前にみた思い出の話だったってところに感動した。
    なつみがとうじの顔を覗き込んだりスカートをなおしたり、なつみの性格もなんとなく伝わってきた。

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  2. さんきゅ☆
    きみのお陰で文章書き始める事が出来たよ。
    最初に褒めてくれたからね。
    私の恩人だよ。
    また読んでね〜

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